GJのキレイゴト

キレイゴトだってかまわない。理想だからこそ追い求めたい。

GJのキレイゴト

ぼくには”意識高い系”の人たちのような崇高な夢も目標もない。

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Bonjour à tous! ;)

みなさん、こんにちは!

GJ(@UnPetitEspritLi)です。

 

ぼくはいま現在、大学生です。ピッチピチの21歳です。

大学生ともなると社会の仕組みも段々と見え始め、溢れ出るエネルギーを糧に社会へ大きく羽ばたいていこうとする人が増えてきます。ぼくの周りにもそうした人はたくさんいて、学生団体の代表をしたり、起業をしたり、大手企業に就職したり、大都会で社会人になったり、人によっていろいろな経歴を抱えています。それって素晴らしい事だと思います。

もうすでに何年も前に社会に出ている大人たちに負けず、若いうちからいろいろなことに挑戦し、しかもその挑戦で成果を収めていることは。まさに、いまの世の中で言う”成功”に値すると思います。

 

でもそうじゃない生き方だってあります。かく言うぼくにも、そんな崇高で大きな目標なんてありません。毎日をただ楽しく生きているだけです。でも本当は、そんな生き方も素晴らしいんだと、ぼくは考えています。

 

ぼくには崇高な目標なんてないし、大きな夢もない

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周りのいわゆる”意識高い系”の学生とお話しする機会が多くありますが、いつも決まってなんだか居心地が悪いんです。なーんか話が合わないというか、聞いててつまらない感じがするんですよね。「やりづらいなぁ。早く帰りたいなぁ。」みたいな。

その原因を考えてみると、「あーそもそも価値観が違うじゃん」との結論に達しました。

 

優秀な学歴と大企業への就職、学生起業が”成功”とされる現代社会

いまの世の中では、高い学歴がまず何よりも求められています。それが、その後の人生を保証してくれるからです。親は子のために、時には自分自身のメンツのために、子どもを有名な進学校に入学させ、一流企業への就職を目指すように促します

豊かな人生を保証してくれるのは、高い財力であり、それを実現するための高い学力を、何よりも優先的に求めていきます。そしてそれが、若者が歩むべき”正しい”道になりました。

また大人になる前の段階で会社を起こしたり、団体を立ち上げ、さらには代表なんて肩書きを背負っていると、もう立派な一人前の人間です。周りの大人たちからは一目置かれ、友達たちにも「すげーなお前」とチヤホヤされます。大企業の有名な会社員とFacebookで友達になることは一種のステータスになり、肩書き自慢と名刺配りは、ほんの挨拶代わりにくり出されます。

 

”意識高い系”の学生と話をすると居心地が悪い

若者のうちに、学生のうちに、大人に負けない行動力を発揮し、しかも結果を出していく。いつしか自然と意識は東京に集まり、大企業やベンチャー企業で己を高めていく仕事に人生を捧げる人もいるでしょう。

確かにそういう生き方って素晴らしいです。向上心と言うか行動力と言うか、「オレはこれだけのことができるんだ!」みたいな力は自分の自信になります。でも、それが”普通”の生き方ではないし、誰もが憧れる生き方でもないはずです。少なくともぼくはまったく憧れません。

だからこそ、そういった生き方を”普通”の生き方と捉えている”意識高い系”の学生と一緒にいると、居心地がものすごく悪いです。話していて疲れます。

”意識高い系”の学生の中には、その他の生き方を好む人たちを見下すような言動をとる人がいます。「えっ、なんでいつまでも田舎にいるの?それっておかしくない?一度は東京に出て、色んな人と会うべきだよ。」平面の文字におこすと、ものすごく優しくて聞こえのいい言葉に聞こえますが、実際に対面で言われたときの言い様や、顔の雰囲気、空気感などを考えると、とても良い印象は持てませんでした。

自己紹介になれば、聞いてもいないのに経歴自慢を始め、「いまは◇◇の事業に携わっていて、◯◯さんと知り合いで・・・」とか言う人。いや、聞いてねーよ!ってかなにそれ自慢?ドヤ顔で語ってるけど、価値観が違うから何の自慢にもなってねーよ。って言いたくなってしまいます。

 

いろいろな生き方があって、そこに上とか下とかない

世の中にはいろいろな人がいて、いろいろな価値観があって、いろいろな生き方があります。東京に出て、一流企業に入って、己を高めるために、社会のために、必死になって汗水流して働くことだけが”普通”ではありませんし、”憧れ”でもありません。その価値観をおしつけるのはやめてください。

ぼくにとっては、みんながみんな、自分らしく生きられて、それがものすごく楽しくって、さらには生活も成り立てば最高です。生き方に”成功”なんてありません。そうした多様な生き方を認めて下さい。

 

ぼくは楽しく生きたいだけ

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ぼくは、お金のために、キャリアのために、自分を殺して、身体にムチを打って生きていくのはイヤです。そんな人生、なんにも楽しくないし、そんなにドMでもありません。

 

大きな志がないと留学に行っちゃいけないの?

ぼくは今年の6月まで留学にも行っていました。周りの人たちからは「すごい」なんてよく言われますが、なんにもすごくありません。だって一年間外国で遊んできただけですから。そこには崇高で大きな目標なんてありませんでした。あったのは、ただ「外国で暮らしてみたい」という好奇心だけ。だからこそ「留学どうだった?」と聞かれると、「すんごい楽しかったよ」って言いたくなります。ぼくにとってはそれが一番だから。「外国での暮らしはすごく楽しいものなんだ」って気がつけたことが、ぼくにとっては一番の収穫だからです。

でも、人によっては「え?それだけ?」なんて言ったりもします。「え?遊びに行ったの?なんで?おかしいよ、それ。」とか言われたりします。どうしておかしいのか、ぼくにはまったく理解できません。そう言う人は、きっと自分のモノさしが全ての事象にあてはまると考えているから、そう言うのでしょう。

 

世の中の”普通”を押し付けないで下さい

ぼくには人生における大きな目標なんてありません。あるとすれば「ぼくの死を悲しむ人がいてほしい」。これくらいです。「大学を卒業したら就職をするべきだ」とか「大企業に入ることが一流の人間の証だ」とか、そういった”常識”を押し付けないで下さい。ドヤ顔で自慢してこないで下さい。

一日一日を、好奇心に突き動かされて、楽しさに突き動かされて生きています。めんどくさいことはキライです。疲れることもしたくありません。満員電車もキライだし、光化学スモッグもキライです。そういう人も世の中にはいるんだということを、どうか認めて下さい。”意識高い系”の人たちのキャリアに憧れない人もいるんだという事実を認めて下さい。「ラクして生きているやつだ」と見下さないでください。

もちろん、”意識高い系”の学生から学ぶことはたくさんあります。見習いたい部分も山ほどあります。そうやってお互いがお互いを尊重し合って、認め合って、助け合いながら活動していけば、きっとお互いにとっていい結果が生まれるはずです。ぼくはそう信じています。

ぼくが息苦しさを感じた環境も、お互いの気遣いで、きっといい環境に変えられるはずです。そう、願っています。

 

A bientôt! :D

 

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