GJのキレイゴト

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”カメラマンは目が見えないといけない”なんて誰が決めた?

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Bonjour à tous! ;)

みなさん、こんにちは!

GJです(@UnPetitEspritLi)。

 

普段、なにげなく生活していると耳にする言葉。「◯◯はこういうものだから」とか「△△のくせに」なんて言われたりする。”伝統”とか”文化”なんていった言葉を盾に、自分自身の意見をぶつけてくる人もいる。

その「◯◯=◇◇」って方程式は、あなたが決めたんですか?その方程式を汚されて怒っているのですか?

その考え方に、そんなに固執しなきゃダメですかね?たしかに伝統とか文化の保存は大切だよ。でも、その考え方がどんなものにでも当てはまるわけではないよね?

今回はそんなお話。

◯◯はこうあるべき!は世界を狭める

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なにかと耳にする「◯◯はこうあるべきだ」という言葉。その考え方は、これまでの思考の枠を飛び出せず、これからの世界を狭める残念な考え方だ。だからこそぼくは言いたい。そのダサくて有害な考えを押し付けないでくれ!

世界は”常識”を覆して進歩してきた

人間を含めて世界は、ある瞬間に”それまでの当たり前”を 覆して、前に進んできたからこそいまの姿がある。それまでの”常識”を当たり前のモノだとして、それに従って生きていたとしたら決して進化などしなかっただろう。

「諸行無常の響きあり」なんて言葉にもあるように、この世のものはひとつとして絶えずそこにとどまっていることはない。すべては「風の前の塵に同じ」なのだ。「◯◯はこうあるべきだ!」と諭す人たちは、こうした変化に疎い。いままでの流れを打ち壊す、新しい流れを受け入れるだけの大きな度量がないだけなのかもしれないけれど。

新しい可能性を打ち消す”常識”へのこだわり

”いままでの当たり前”や自分自身だけの美学である「◯◯はこうあるべき!」という方程式への固執は、常識から外れた考え方から派生するはずの全ての可能性を否定することになる。

世界は”常識はずれな考え方”で前進してきたし、前進せずとも、いままでに負けず劣らずの方法が新しく確立する可能性だってある。「◯◯はこうあるべき!」という固執した考え方は、そうした可能性を試すことなく否定する。自分の方程式を崩さないように、自分の美学を汚さないように。いわゆる”思考停止バカ”とでも言うのだろうか。

そこまで悪く言うつもりもないが、 「いままでにそんなものないよ。やめておきなよ。」とか「学生のくせに・・・。」なんてことを何回も言われるとさすがにうんざりする。新しい方程式を作る権利はぼくにはないのか?そんなことを言いたくなるし、実際に作っていきたいと思っている。

 

最近ぼくは、”学生のまち”弘前(ひろさき)市に「学生のバー」を作りたいと考えている。その話題でもよく言われる。「学生なのに経営者?」とか「そんなものバーじゃない」とか。きっといままでの言葉を用いて説明しようとするからダメなんだ。新しい概念を含んだ言葉を作って説明すればいいんだなんて考えている。「ぼくが描いているのはバーじゃない。きっとバーの次をいくビーなんだ」ってね。・・・ごめんなさい。

【拡散希望】「学生のためのバー」をみんなで作り上げよう!ぼくは人生初のクラウドファンディングに挑戦します!

 

「カメラマンは目が見えないといけない」なんて誰が決めた?

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いままでの当たり前。いわゆる”常識”だ。それを覆して世界は大きく変わってきた。その流れはいまなお止まらない。「◯◯はこうあるべきだ!」なんて自分の考え方に固執している人は、世界の進化を、人の進化を止める責任を受け止めきれるのだろうか。人の”幸せな”生き方を否定する自覚を持っているのだろうか。

パラリンピックで注目を浴びた盲目のカメラマン

先日、閉幕したリオパラリンピック。様々な選手がニュースをにぎわせる中、とある人物が注目の的となった。それが盲目のカメラマン、ジョアン・マイア(Joao Maia)氏だ。

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(引用:AFPBB

マイア氏は28歳のとき、ブドウ膜炎にかかり失明した。つまり、カメラで撮るべき被写体を自分の目で見ることができない。「写真を撮るのに見る必要はありません。僕の目は心にあります」(AFPBB)と語るマイア氏は、2人の相棒の力を借りながら、音を頼りにシャッターを切るらしい。

 

きっと「目が見えないカメラマンなんて写真を撮れるわけがない。辞めた方がいい。」なんておせっかいを言う人もいるはずだ。でもそんな人は、ぜひともマイア氏が撮った写真を見てほしい。見たらきっと「これを撮った人は目が見えないのか!」と驚くはずだ。写真を見ただけの人は、まさか盲目のカメラマンがその写真を撮ったなんて思わないだろう。ぼくは思わなかった。気になる人は調べてみてね。

本人のやる気次第でなんにでもなれる

マイア氏の例でも分かるように、本人のやる気とそれを支える周りのサポートがあれば、やりたいことはどんなことだってできる。ぼくはそう考えている。

「お前にはムリだ」とか「若者だから」、「学生だから」なんておせっかいはイヤがらせの他なんでもない。本人が「やりたい」と言って、あなたがそれを本当に応援しているのであれば、黙って背中を押してあげるべきだ。失敗したっていいじゃないか。そこから学べることだってあるんだから。

「変われない」と嘆くあなたは変われないんじゃない。「変わりたくない」だけだ。

いままでの形にこだわる必要なんてない!

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マイア氏のように生き方もしかり、モノのあり方もまたしかり。”いままでの当たり前”にこだわり続ける必要なんてまったくない!もちろん、いままでのやり方を学ぶことはとても大事。そこから学べることも少なくないはずだ。でもだからと言って、なんでもかんでも昔からのやり方にこだわる必要はない。いつだって世界を変えてきたのはそうした「常識はずれ」の人たちなのだから。

周りで「いままでにそんなものはない」とか「そんなものは常識はずれだ」とか「おかしい。やめておけ」なんて言ってくる人がいたら、それはあなたを思いやってのことではなくて、ただ単にあなたを邪魔をしたいだけの可能性が高い。周りから言われてもいないのに「いままでにないやり方だもんな」と言って、行動を自粛してしまう人もいる。そんな理由でやめてしまうなんてもったいない。それが、世界の可能性を、あなた自身の可能性をつぶす理由になんてなりやしない。あなたはあなたのやりたいようにやるべきだ。だれがなんと言おうとも。

 

A bientôt! :D

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