GJのキレイゴト

キレイゴトだってかまわない。理想だからこそ追い求めたい。

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「◯◯したい!」とかいう暑苦しい決意は無価値

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Bonjour à tous! ;)

こんにちは!GJ(@UnPetitEspritLi)です。

生意気なことを言ってます。もしかするとあなたを傷つけてしまうかもしれません。ごめんなさい。

 

ぼくは比較的いきあたりばったりな生活をしている。

ただ、それは”夢も目標もない”とか、”何も考えたくない”とかそういった類の無気力感ではない。

あるのは、ただただ「好奇心」

一度気になると、とにかくやってみたくなって、もう他のことが手につかなくなる。

そうやってあれこれと手を出しているうちに、自分でも思いもしなかった方向へ人生が転がり、結果としていきあたりばったりな生き方になってしまっているのだ・・・。

そんな自分の行動力、いやアホさには自分でも驚くばかりだけど、やめられる気もしない・・・。

 

「◯◯したいんです」に価値などない

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よく「アイデアは無価値だ」なんて言葉を耳にする。「アイデアは、実践し形にしてこそ初めて価値になる」とかそんな意味だった気がする

ぼくは、そんな言葉と同じように「◯◯したいんです!」という暑苦しい決意も無価値だと思っている。

 

「じゃあなんで今の時点でやり始めていないの?」

もはやその一言に尽きる。

今の世の中を見渡せば、たいていのことが簡単にやり始められる。そしてそれを発信することまでできてしまう。

 

ライターになりたいなら、ブログでもなんでも自分で書けばいい。

カメラマンになりたいのなら、スマホで写真を撮ってインスタグラムにアップすればいい。

プログラマーになりたいのなら、自分用のWebページ作ったり、簡単なアプリを作って見ればいい。

映画監督になりたいのなら、動画を撮ってYouTubeにアップすればいい。

農家になりたいのなら、土地の一角を借りて自分で育ててみればいい。

 

あなたの表現活動を支えるプラットフォームはいくらでも用意されているのだから。

やり始めない理由、その全てが言い訳にしか聞こえない(あー、自分はいつからこんな卑屈な人間になったんだろうか、時々自分がイヤになる)。

そうやって少しずつ活動を広げていくべきだ。何もせずに、時が来たらいきなりプロとして活躍できる、そんな甘い仕組みは世の中にはない。

 

では、なぜたいていの人がそれを実行できないのか。

それは「質の低いものは公の目に触れさせるべきではない」と変な謙遜からきている。「わたし、まだそんなレベルじゃないの」とか言って、自分を正当化しているようで、社会の目から逃げている。

そんなあなたには兼好法師からのありがたいお言葉をプレゼントしておく。

能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得て、さし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。
未だ堅固かたほなるより、上手の中に交りて、毀り笑はるゝにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜む人、天性、その骨なけれども、道になづまず、濫りにせずして、年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位に至り、徳たけ、人に許されて、双なき名を得る事なり。
天下のものの上手といへども、始めは、不堪の聞えもあり、無下の瑕瑾もありき。されども、その人、道の掟正しく、これを重くして、放埒せざれば、世の博士にて、万人の師となる事、諸道変るべからず。

 

以下、現代語訳

 

これから芸事を身につけようとする人は、とかく「ヘタクソなうちは誰にも見せたくない。こっそり練習して、ある程度見られるようになってから披露するのがカッコいい」と言うものだけど、そういうことを言っている人が最終的にモノになった例はひとつもない。

まだ未熟でヘタクソな頃から、上手くてベテランな人たちに混ざり、バカにされようと笑われようと恥ずかしがらないで、気にしないで、才能がなかったとしても、立ち止まらず、踏み外すこともなく、年を送っていけば、最終的に、その道の極みを嗜まなかった人よりも上の立ち場になれるし、しかも人望も備わって、多くの人に尊敬され、天下一の名声も得られるようになるものだ。

”神レベル”に上手いと言われている人でも、最初は未熟だという評価を受けてきたし、実際、作品には決定的な欠陥とかもあったりした。それでも、道の掟に従い、これを重んじて、遊びもしない人が、その道のプロとして、様々な人の先生となってきたのだ。これはどのジャンルでも変わらない話だ。

 

 ――徒然草 第百五十段

(現代語訳:感心してるところ悪いが、その徒然草の現代語訳は間違っている

 

質が低いとか気にしなくたっていいんじゃないの?どうせ質の低いものは、ユーザーの目にもとまらないからさ。

むしろ、早いうちから世の中に出していけば「あっ、こんなものがウケるのね」とか「こんな知識も必要なのか」って気がついたりする。これこそが近道だと思うけどな。

とにかくなんでも「実践に勝る知識はない」

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他人に自分の人生の選択を委ねるな

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「誰かがこう言ったから」なんて言って自分の人生から逃げてはいけない。

自分のケツは自分で拭こう。

他人に助けを求める前に、やるべきことをやり抜こう。

 

「◯◯するべきですか?」と聞ける無責任さ

「◯◯するべきですか?」とか「どっちにしたらいいですか?」、「何したらいいですか?」とズケズケと聞ける人を、ぼくは心から尊敬している。

よくそんな質問できるなwww

「それを聞いてどうするんだ?」そう思わずにはいられない。

 

例えば、相談相手が「△△するべき」と言って失敗した場合、その失敗をその人のせいにしたいだけでしょ? 

「あの人が◯◯と言ったから」って言い訳するためでしょ?

本気でいつもそう感じている。違うんだとすればそんな質問はできないはず。

 

本当に質問がしたいのであれば、

「いつか◯◯したいと思って、今はこんなことをしています。ですが☆☆が分からずに困っています。自分としてはこのような原因を考えて、このような対策をとろうと思っているのですが、それについてアドバイスを頂きたいのですが・・・」

とか、そんな聞き方をするんじゃないのかなぁ。

それがないと相手も何に対して、どんなアドバイスをすればいいのか分からない。

 

自分の努力の跡を見せるべき、とは言わないけれど、ある程度の仮説や実践があってこそ質問力は鍛えられるのかなと思う。

だからこそ自分の選択や行動には、自分自身で責任を持つべきだし、ラクしたいからといってコツばかりにしがみついていたってしょーもない。

【成功の秘訣】ぼくは天才をなめていた。きみはカロリーを消費しているか。

 

自分で考えて実践する。このクセをつけることが大切。

 

圧倒的な行動力をもって行動したあなたに他人は動かされる

他人の声なんて気にせずに、自分の心にしたがって動いた人にこそ、他人を動かす力がある。

大切なのは「何を言っているのか」ではなく、「どこの誰が言っているのか」なのだ。

圧倒的な説得力は、圧倒的な結果あるいは経験則からしか生まれない。

だからこそぼくたちは、決してきらびやかに飾ったオシャレな言葉ではない、泥くさくて気迫のある声に心を揺り動かされる。

 

運動経験0!初心者のわたしが3ヶ月でフルマラソンに挑戦した話 - つしまのしま

やりたいこと何がしたいかわからない人は一生作り笑いしてな | 今、マジになる!!ブログ-元フリーターが好きなことで自分らしく生きる-

 

マラソンの記事を書いたつしまさんは、いまメゾデで一緒に暮らしている女の子なのだが、彼女はもともと「私は上手な文章なんて書けないから」なんて言っていた。

でもこの記事を読んだあなたは分かると思う。この記事がもつ圧倒的な力を。

自分で経験しているからこそ感情のこもった熱いストーリーが書ける。

実際、この記事がシェアされていたフェイスブックの投稿には「おめでとう」とか「泣いた」といったコメントがたくさん書き込まれていた。

上手な文章なんて書けなくたって、その姿に人は心を動かされる。

自分が決めた限界なんて簡単に超えられる。”限界”なんて、所詮そんなもん。

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こんな記事を最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

自分が「やりたい」と思ったのなら始めよう。

今すぐに!

 

A bientôt! :D

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ぼくには”意識高い系”の人たちのような崇高な夢も目標もない。