GJのキレイゴト

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これからの社会を生きていく上で大切にしていくべき、「利」と「害」に次ぐ第三の視点

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Bonjour à tous! ;)

みなさん、こんにちは!GJ(@UnPetitEspritLi)です。

 

物事を始める時に大切な2つの視点があります。それがプラスとマイナス。いわゆるメリットとデメリットですね。

新しい何かを始めることで、どのような利益が生まれるのか。そしてその裏でどのような不利益を被るのか。「利」と「害」。どちらか1つにかたよることがなく、その両方を深く考察してこそ、初めて賢明な判断ができると思います。

しかしぼくは、この2つ以外に大切にしている視点がもう1つあります。それがこれからの社会を生きていく上で重要になってくる視点である、とぼくは信じています。

これからの社会で大切にしていきたい第三の視点

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これからの社会を生きていく上で大切になってくる視点とは一体なんでしょうか。それはずばり「情」です。言い換えるならば「思いやり」です。「利」と「害」だけではなく「情」を含めた3つの視点が、これからの社会をより豊かなものにするために必要です。

「情」という第三の視点

「情」とは言い換えれば「思いやり」です。相手の気持ちに立って物事を考える。そうした視点がこれからは必要です。

これまでは”自分にとって”プラスなものは何か、”自分にとって”マイナスなものは何か。そうした価値判断で物事が判断されてきました。だからこそ、それに直接的な関係のない人たちの意思判断が無視されたり、そうした人たちの被る不利益が無視されてきたんです。

でもこれからの時代、そうした考えではぼくたちは決して幸せにはなれません。これだけインフラが充実していて、科学技術も発展している国に生きているぼくたちが幸せを感じられない理由はどこにあるんでしょうか。それをもう一度見直すべきです。ぼくは「不景気で稼ぎが悪い」とか「エンタメの質の低下」なんてものが理由になっているとは思えません。

 

もちろん頭で物事を判断することも大切です。「利」と「害」、メリットとデメリットは、今までの経験や知識などから導きだし頭を使って判断します。しかし第三の視点である「情」は、頭を使いません。では一体どこを使うのでしょうか。それは「心」です。

例えば「電車で席を譲らない」という行為。これは「”自分が”座れてさえいればいい。誰か他の人が譲ればいいだろう」という頭の判断を下に起こりうるものです。自分にとってのメリットは座り続けられること。デメリットは自分の評価が下がる。これでは視点が”自分”にしか向いていません。なので、座れていない相手の事情なんて全く関係ありません。”自分さえ”座れていればいい、という思考になってしまうんです。

そうではなくて、心をもって、思いやりをもって相手に接する。その意識が、現代社会を生きる不幸なぼくたちを幸せにする身近な方法なのではないでしょうか。

「情」は時に痛みをともなう

「心」で「情」を理解することは、きっと誰でもできるはずです。問題はその先です。「情」を理解してそれを行動に移す段階で、大体の人はつまずきます。それはなぜか。なぜならその行動には痛みがともなうからです。

先ほどの電車の例で言えば、”席を譲る”という行為は、自分を犠牲にして、「自分だって疲れているのに」といった理由を全て棚に上げないと実行できません。それは誰だってめんどくさいし、何より身体が疲れているので実行しません。

思いやりと痛みはセットなんです。だからこそ実行しにくい。だけれども、ぼくたちはその先に進むべきです。今までどおりの幸せばかりを追い求めていては、”自分だけの幸せ”から抜け出せず、社会がより明るく、豊かなものには決してならないでしょう。

自分の子はかわいい

子どもの世話は本当に大変です。赤ちゃんは場所と時間を選ばずに泣きますし、自分で移動することもできません。親はいちいち自分の都合や好き嫌いで動いていては、とうてい子どもを育て上げることはできないはずです。

ですが親はみんな、そうした痛みをガマンして、子どもと向き合って生きていきます。それはなぜでしょうか。それだけ自分の子どもが可愛いからです。「愛」があるからです。

自分の子どもには与えられるはずの無償の「愛」。それをどうか他人にも与えて下さい。あなたにとっては他人かもしれませんが、みんな誰かの友であり、子であり、親であり、夫であり、妻です。兄かもしれませんし、妹かもしれません。そうしたつながりを無視して「利」と「害」だけで判断してしまっては、誰かの「不幸」につながります。

”人は社会的動物である”と言われるように、人は1人では生きていけません。みんなどこかでつながり合って生きているんです。だからこそ、そのつながりを無視してはいけません。自分のつながりを大切にするように、他人のつながり、他人とのつながりを大切にしていくべきです。

 

最後に

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「情」・「思いやり」をもって考え直してみると、実は簡単に解決できそうな問題が、この社会の中にはたくさん転がっています。”心”をもった人が生きていく以上は、お金の損得勘定だけで物事を判断していくのには限界があるんです

「情けは人のためならず」とは言いますが、ぼくはこれからの社会を生きていく中で、「人のための情け」を大切にしていきたいと思っています。そうやって少しずつ”あたたかい”社会ができあがっていけば、日本はもっともっと良い国になれるはず。そう信じています。

 

A bientôt! :D

 

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