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【知らないと恥をかく!? 世界のニュース】「54年ぶり!アメリカとキューバの国交回復」を分かりやすく説明したよ!

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Bonjour à tous! ;)

みなさん、こんにちは!

ぷちゅうとです。

 

好評につき早くも2回目となりました「知らないと恥をかく!? 世界のニュース」シリーズ。

今回は「アメリカとキューバの国交回復」を取り上げます。

両国間の関係改善は、世界史の教科書に載るレベルのまさにビッグニュースです!

news.biglobe.ne.jp

 

「知らないと恥をかく!? 世界のニュース」1回目の記事はこちら

www.petityuto158.com

 

1961年の国交断絶から54年ぶりに国交を回復させたアメリカとキューバ。

どうしてこのタイミングで国交を回復させるに至ったのか。

今回はそんなお話をしていきたいと思います。

 

 

アメリカとキューバ、54年ぶりに国交を回復

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1961年以来途絶えていた両国の交流が、2015年、実に54年ぶりに復活することになりました。

54年ぶりのアメリカとキューバの仲直りは、どのように実現したのか。

その背景に迫っていきたいと思います。

 

資本主義国と社会主義国の歩み寄り

2015年7月20日、アメリカとキューバの両国は相手国の首都であるワシントンとハバナにもう一度大使館を設置し、1961年の断交以来、54年ぶりに国交を回復させました。

それまで両国には大使館よりも格下の利益代表部が設置されていましたが、今回の国交回復を機に、大使館に格上げされました。

同年8月にキューバを訪れたアメリカのケリー国務長官は「わたしたち(アメリカとキューバ)は隣国です。両国関係の新たなページが幕を開けたのです」と話しました。

 

オバマ大統領のキューバへの接近とローマ教皇の仲介

アメリカのオバマ大統領は国交改善の約2年前から、キューバに積極的に接近することを試みていました。

 

オバマ大統領は2014年の3月にイタリア・ローマにあるバチカン市国を訪れて、ローマ教皇と会談し、アメリカとキューバとの関係について意見交換をしています。

それを受けて、ローマ教皇はオバマ大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長に手紙を送り、関係改善を要請しました。

さらにローマ教皇は、10月にアメリカとキューバ、両国の代表団をバチカン市国に招待し、対話の場所を設けました。

そうした一連の流れがあって、ついに、南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の葬儀の場での、オバマ大統領とカストロ議長との握手という歴史的な場面が生まれたのです。

 

そもそもアメリカとキューバはどうして仲が悪かったの?

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 (https://thepage.jp/detail/20150417-00000007-wordleaf より)

 

1961年以来、実に54年ぶりに国交を回復した両国ですが、そもそも両国はどうして国交を断絶していたのでしょうか。

カリブ海に位置するキューバは、フロリダ半島からたったの150kmほどで、これは東京から静岡までの直線距離と同じくらいです。 

しかし実際の地理的な距離とは裏腹に、政治的な距離は太平洋をはさんだ日米よりも遠かったのです。

 

アメリカの下での”名ばかり独立” 

キューバはもともとはスペインの植民地でした。

19世紀に入りキューバで独立運動が盛んになると、たまたまキューバのハバナ港に停泊していたアメリカ戦艦の爆破を口実に、アメリカはスペインに対して「米西戦争」を仕掛けます。

この戦争で敗戦したスペインはキューバの独立を認めざるを得なくなり、キューバはアメリカの支援の下で独立を果たします。

この頃のアメリカとキューバの関係は良好で、多くのアメリカ企業がキューバへ進出し、グアンタナモには米軍基地が設置されました。

こうしてキューバは「アメリカの裏庭」となっていったのでした。

 

しかし、これを機にキューバの富はアメリカ企業に独占されることになり、また、スペインから独立はしたものの、今度はアメリカ政府が「言うことを聞け」と介入してくるようになりました。

1952年にアメリカの思惑で成立した親米派のバティスタ政権を通じてキューバを実行支配するようになり、事実上「アメリカ帝国主義」の搾取の対象となってしまったのです。

 

革命家フィデル・カストロの登場

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アメリカにごまをすって私腹を肥やすバティスタのせいで、キューバ国民の生活は貧しくなり、街の治安も悪くなるばかり。

そんなアメリカの実行支配に怒り、「今こそ真のキューバ独立のとき!」と立ち上がったのが、当時弁護士であったフィデル・カストロです。 

1958年、二度目の蜂起でキューバ革命を起こし勝利。新政権を樹立します。この時に活躍したのが、あの有名な”チェ・ゲバラ”です。

 

カストロは腐敗の温床となっていたアメリカの精糖工場を国営化し、さらにアメリカ資本に握られていた土地も国有化します。

自国の「裏庭」が共産化することを恐れたアメリカは、アメリカに亡命してきたキューバ人に武器を与えて、カストロ政権を転覆させようと試みますが、失敗。経済政策に踏み切ります。

一切の貿易を禁止され、交流を断たれたキューバは経済的に行き詰まり、窮地に立たされることになりました。

 

そんなときに、キューバに援助を差し伸べたのが当時の社会主義国家・ソ連だったのです。

 

第三次世界大戦の一歩手前!?「キューバ危機」

支援を受けてソ連と外交関係を結ぶこととなったキューバは「社会主義国」となり、ここでアメリカとキューバは正式に国交を断絶します(1961年)。

当時のアメリカとソ連は、お互いを二大強国としてにらみ合う「冷戦」の時代であり、ソ連と手を結ぶということはアメリカの敵となるということだったのです。

 

そしてこの冷戦のさなかに起きた事件が、世に知られる「キューバ危機」(1962年)です。

偵察飛行による監視で、キューバでソ連のミサイル基地建設が進んでること、さらにはミサイルの搬入までされていることを発見したアメリカのケネディ大統領は、「キューバからミサイルが発射されればソビエトの攻撃とみなす」としました。

これにより、キューバ周辺の海上封鎖が実施され、核爆弾を搭載した戦略爆撃機やミサイルを載せた原子力潜水艦をソ連の国境近くまで派遣されることとなりました。

アメリカが動かした艦艇は約200隻、航空機に至っては約1200機と言われています。

 

結局、ソ連のフルシチョフ第一書記が「トルコにあるアメリカのミサイル基地を撤去すれば、ソ連もキューバの基地を撤去する」との約束を秘密裏にアメリカと行っていたので、第三次世界大戦という展開は回避されました。

 

このキューバ危機でアメリカとキューバの対立は決定的なものになり、その後キューバとソ連の距離が縮まっていくことになります。

 

晴れて国交回復。オバマ大統領の実績づくりという見方も

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http://www.gekiyaku.com/archives/42463649.html より)

 

今回の国交正常化をめぐっては、「歴史的な国交回復」というオバマ大統領の実績づくりに利用されたのではないかとする見方もあります。

 

キューバを孤立させておくメリットがない

アメリカは、それまで仲介役を担ってきたソ連が崩壊(1991年)し、ロシアからの圧力が緩くなっているキューバを孤立させておいても、それほどメリットを見出だせないとする見方を強めていました。

新たな市場を求めるアメリカの産業界の後押しや、キューバへの経済制裁を非難する声が国際社会で高まっていたことなども背景として考えられます。

 

さらに、中南米の国々に経済援助を通じて接近している中国や反アメリカ感情の高まるベネズエラなどに対して、キューバとの国交を回復することでにらみをきかせることができるとする意見もあったと思います。

また、世界のリーダーであるアメリカ大統領、オバマ氏の実績づくりに利用することで、アメリカのイメージを上げることも可能でした。

 

反アメリカ感情の薄れ

アメリカとキューバの国交が途絶えていた間にも、キューバからアメリカへ命がけで亡命する人は後を断たず、最近では表立ってアメリカへ渡ってくる人も多くなりました。

野球のメジャーリーグで活躍するキューバの選手などはその典型例ですね。

 

ちなみに、カストロに私有財産や土地を没収された富裕層のキューバ人の多くは、その時に海外に移住しており、現在アメリカには100万人以上のキューバ系移民が暮らしています。

彼らは社会主義を好ましく思っておらず、「反カストロ」勢力としてアメリカの共和党の大きな支援団体となっています。

 

支援国であったソ連も崩壊し、国内では世代交代や時代の変化で「反アメリカ感情」が次第に薄れていきました。

経済的にもロシアに頼るのではなく、隣国のアメリカと交流した方が良いのではないかとする声が高まっていったのです。

 

54年ぶりの国交回復

こうして様々な要因が複雑に絡み合ってお互いの利害が一致することになり、54年ぶりの国交回復が実現しました。

 

現在のキューバのトップは、フィデル・カストロの弟であるラウル・カストロです。

彼は「革命」という理念だけでは国家を維持させることはできないと判断し、国民生活の質を向上させることに力を割いてきました。

しかし、その前に立ちはだかる「アメリカの経済制裁」という壁の前に、モノ不足の問題が解決されていません。

アメリカとの国交正常化によりもたらされる投資や輸入品・観光客が国民生活の質を押し上げていくことが、キューバでは期待されています。

 

最後に

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http://newlife2nd.com/toranmp-hatugen/ より)

 

アメリカとキューバの国交は回復しましたが、両国間の関係はまだまだ正常化していません

国交正常化の前には、アメリカがキューバに対するテロ支援国家指定解除を決定していますが、まだまだ関係改善の余地が残っています。

アメリカのキューバに対する経済制裁の全面解除やグアンタナモ基地をめぐる問題、キューバの主権尊重や人権状況の改善など、様々な課題をむぐる交渉はこれから本格化していきます。 

 

現在、アメリカで議会で多数派を占める共和党はキューバとの国交正常化に否定的です。さらに大統領選挙で勢いを増すトランプ氏が政権を握ることになれば、ここまで進展してきた両国間の国交正常化も、再び後退してしまうかもしれません。

 

これからもアメリカとキューバの動きには注目していきたいですね。

 

A bientôt! :D

 

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