GJのキレイゴト

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「してもらって当たり前」精神からの脱却

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Bonjour à tous! ;)

こんにちは!GJ(@UnPetitEspritLi)です。

なんでも「してもらう」精神で待ってるのやめませんか?

周りを見渡すと、なんでもかんでも誰かにやってもらう人が多い。いや、多すぎる。

仕方ないのかなと思う反面、少し悲しい気持ちにもなる。

 

大学入学を機に実家を出るまでは、何をするにも「してもらって」当たり前だった。 

寝坊をすれば「どうして起こしてくれないの」と怒り、部活を終えて家に帰れば「お腹空いた。ご飯まだ?」と急かし、自分でやることと言えば、持っていったお弁当箱と食後の食器を洗うことくらいだった。

なんにも考えてなかったし、それが当たり前の生活だった。

 

でも実家を出たことで、炊事・洗濯・掃除、身の回りのあらゆることを自分でやらなければならなくなった。

そうして初めてお母さんに感謝した。いや、いくら感謝してもし切れない。

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自分で身のまわりのことをするようになると、自然とイライラすることが減った。

当たり前の話だ。

「なんでまだご飯食べられないの」

「なんで洗濯終わってないの」

自分で家事をこなさなければいけない今、そんな文句を誰に言えるのか。誰にイライラすればいいのか。

自分のミスを自分で受け止めることができると、因果が分かりやすくイライラも減る。

 

ぼくが暮らしている青森県の弘前(ひろさき)市は人口が18万人くらいの地方都市。

都会でもないし、田舎かと言われればそうでもない。どっちかと言えば田舎だけど。

そんなこともあって”まちづくり”にはとても必死。都会に流れ続ける若者を止めようと、増え続ける高齢者を支えようと、行政が主導で必死に動いている。

 

そんなまちに居ると、いつの機会にも「弘前のいいところ・悪いところ」を発表することになる。”まちづくり”のタネを拾い上げるために。

でも弘前の悪いところってあんまり思いつかないんだよね。強いて言えば、世界・視野が狭いことかなぁ。なにをするにも周りの目を気にするし、前ならえ・前例踏襲の姿勢は変わらない。

 

でも、だからって弘前が嫌いなわけじゃない。

交通の便が悪いのは田舎っぽくて好き。

洋服はあまり買わないからユニクロがあれば十分だし。っていうか、たいていのものはAmazonで買えるから困らない。

都会出身のぼくが言っても説得力がないかもしれないけれど、背景が違えばまちの見え方も違うってことは大切な視点だ。

 

話がそれた。つまり何が言いたいか。

それは「楽しい」は作れるんだってこと。イヤに見える環境でも、考え方次第で楽しめる。

実際いまは、札幌で暮らしていた頃よりも何倍だって楽しいし。

 

でもそうは言っても、どうしても耐えられないイヤさだってあると思う。

そういう時はさ、自分で「楽しい」を作ろうよ。「楽しい」場所に行こうよ。他人の目なんて気にしないでさ。

 

 

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周りの学生を見ていると、いや学生だけじゃないな、なんでもかんでも誰かにやってもらって当たり前だと思い込んでいる人が多い。いい年してダサすぎる。

自分が生活しやすいまちだって、活動しやすい拠点だって、自分たちで作り始めなきゃ。

誰かにおんぶに抱っこじゃダメ。環境が変わるのを待っていてもダメ。キッカケはいつだって自分。

 

「仕事がない?」

「若者がいない?」

そう思い始めたときが行動し始める瞬間。

行政頼みじゃない。友達頼みじゃない。自分でやる。

何もしないで文句なんて言わないで。子供じゃないんだから。いつまで甘えたこと言ってるの。

 

世の中にあるあらゆるものは誰かが作ったもの。作ってくれたもの。

ぼくらはそれを消費することで生きている。

だからこそいつまでも消費者側にいないで、何かを生産する側にまわろう。世の中の「価値」を知ろう。モノを作る大変さを知ろう。

そうすれば気軽に「〜してほしい」なんて言えなくなるから。

 

これからの時代、誰にでもできる”仕事”はどんどん機械化されていく。

スーパーのレジ。長距離トラック運転。郵便物や荷物の仕分け。それらはすでに機械化が始まっている。

何も考えずにただ受け身で待っているだけのあなたが就ける仕事なんて、もはや20年後にはなくなっているだろう。

 

 

何もないところから自分で何かを作り始めるのってワクワクする。

前例がないし、先が見えないし、どうなるかわからない。

先が見通せてる道を歩いたっておもしろくない。ぼくはそっち側。

 

仕事がないってことは、何もかもが仕事になるってこと。

若者がいないってことは、自分たちが若者第1号ってこと。

視点を変えるだけでワクワクが止まらなくなる。

もしも環境を変えられないのであれば、そういう気持ちになれるかどうか。

現状を認められるかどうか。認めた上でどうするのかを考える。そして行動する。

このプロセスが大切。

 

「〜があればいい」

「〜が欲しい」

言うのは簡単。誰にでもできる。ないものねだりは赤ちゃんでもできるから。だからこそそれは、あなたがすることじゃない。

 

「してもらって当たり前」の精神は、あなたを勝手に不幸にしていく。

周りへの過度な期待は、やがて裏切りに発展し、怒りや失望が生まれ、最終的には絶望につながるからだ

「あの人がしてくれなかったから」

「環境が悪かったから」

自分の責任を認めよう。周りのせいにはしない。周囲の人や環境に過剰に期待しない。

それだけで少しずつ人生はポジティブなものに変わっていく。

 

生きていて「楽しい」と思える気持ちはさ、自分で勝ち取るものだと思う。

それは決して努力だけに限らなくて、視点を変えたり、環境を変えたり。そんなことでいい。

「楽しい人生」は決して空から降ってくるみんなへのプレゼントなんかではないんだよ、きっと。

 

 

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A bientôt! ;D

 

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